雨上がりの虹を、町に。 ——「ふれあいラジオ 雨上がりの虹」がつないだもの(4/5)

  1. イントロダクション
  2. ふれあいの集い
  3. 公開収録
  4. 出会いと変化
  5. つながりの存在を発信する

 

(4)出会いと変化

“生きていた”のではなく“生きてきた”

高崎さんは、ラジオの中で自身の障害についても積極的に紹介しています。2017年7月の放送では次のように語っていました。

——私は精神面の障害者なんです。一言で統合失調症と言っても人それぞれ、幻覚・幻聴・被害妄想・認識障害などいろいろあります。私の場合は思考障害。主に物体やものごとがうまく認識できない症状がよく現れます。文字が読めない。音読はできるけど意味が分からない。色彩や形状が理解できない。白を見てもそれが白と認識できなかったり、サッカーボールのような球状のものを見てもそれが丸いものだと分からなかったり、なかなか不便な思いをたくさんしています。

正直この状態になって良かったことなんて何もありません。それでもこうやってラジオ番組を作らせてもらったり、新しい趣味を見つけたり日々生きてきています。私は今まで“生きていた”のではなく“生きてきた”つもりです。少なくともこれまでに失敗はたくさんあったけど後悔はしていません。——

——障害者になって驚いたのは劇的な日常の変化。当たり前が失われていく喪失感。徐々に増していく焦り。とにかく希望が持てない状態になりました。その状態になったことで普段の生活では出会えなかったであろう人たちと出会うことができました。失った日常もありますが、新しい日常が目の前に広がりました。

私にしか見えない視点。それは福祉と音楽による出会いでした。福祉施設に通所して以来、私は様々な出会いがありました。同人音楽に携わりながら福祉施設に通所している人、音楽活動の手伝いに来ていた訪問看護師、私のような統合失調症を患っている人が身内にいる人、元言語聴覚士など。福祉は身近なものなんだと痛感しました。

障害者って結局のところ当たり前の中に存在しているんだと思いました。ボーダーラインなんてないのかもしれません。——

統合失調症を患っている状況は不便なことも多いが、今は前向きにやれる可能性があると感じていると高崎さんは語りました。ふれあい作業所に通所してからの出会いは、高崎さんの障害や福祉に対する見方を変化させました。

高崎さんは、「ふれあいラジオ 雨上がりの虹」が福祉のラジオだと掲げていること、自身が一つの事例であり象徴的な存在としてパーソナリティを務めていることを意識しながら番組を作っていました。そのことは、あめにじに関わる人々の共通認識でもあります。「障害を抱えているのにラジオを作っているなんて素晴らしい」という“感動ポルノ”的なストーリーではなく、ふれあい作業所という障害福祉施設が文化プログラムとして取り組んでいるのだと伝えたい。どうすればうまく伝わるのか、関わる人々は考え続けました。

 

*統合失調症について

統合失調症は精神疾患の一つです。原因は解明されておらず、症状や程度は個人によりかなり差があります。幻覚・妄想が特徴的な症状として挙げられますが、文字の形は認識できるが意味がわからない、会話がうまくできない、自分や他人の感情を理解することが難しいといった日常生活や社会生活に障害が出るなど様々な症状があります。治療により回復に向かっていても、何らかのきっかけで症状が悪化することもあり、長期的に付き合っていくことの多い病気です。

参考サイト「厚生労働省 みんなのメンタルヘルス総合サイト」
https://www.mhlw.go.jp/kokoro/speciality/detail_into.html

熱海ふれあい作業所と海の間には国道135号線が走る。

こんな支援の方法があったのか

FM熱海湯河原の金井さん、アドバイザーのアサダさん、コーディネーターの鈴木さんは、高崎さんにとってあめにじに参加したからこそ出会えた人たちでした。彼らと関わるようになった高崎さんに対して、荻沢さんは「目に見えて角が取れてきた」と言います。秋庭さん曰く、ふれあい作業所に通い始めた頃の高崎さんは「サムライのような人」だったそうです。人を寄せ付けない雰囲気があり、給食をみんなで食べることも受け入れない、入ってすぐ他の作業所へ見学に行くなどなど。荻沢さんも、秋庭さんも長くは続かないかもしれないと思っていたほどでした。

高崎さんは、子供の頃から他者とは考え方が合わないと感じており、それ故、他者に対して関心が向かなかったそうです。中学生の頃から、学校へ行けなくなり、卒業後は10年ほど自宅に引きこもっていました。その間、母親に勧められてアルバイトをしたこともありますが長くは続きませんでした。ある時、通院先の病院にある喫茶店で障害者が働いている姿を見た高崎さんは、こういう働き方もあるのかと思い、仕事を探し始めます。市役所の就労相談へ行き、紹介された幾つかの施設の中からふれあい作業所に通所することを決めました。

あめにじが始める以前、高崎さんは近隣企業へ出向いて作業を行う内職を担当していました。その会社の社長とは相性がよく、休憩時間に「人生とは」といった深い話をするほどでした。社長は高崎さんをとても可愛がってくれ、その頃から高崎さんの様子が少し変わってきたのを感じていたと秋庭さんは言います。

やがてラジオが始まると、ふれあい作業所の利用者らと高崎さんのコミュニケーションが増えました。金井さんやアサダさんとの出会いだけでなく、コミケ(コミックマーケット)やM3(音楽版のコミケのようなもの)でも新しいつながりができました。高崎さんはラジオで使用する楽曲を、自ら選び(同僚からのリクエストもあります)、インディーズの音楽については制作者への使用許可も自身で取っています。そのため、高崎さんは制作者を、制作者は高崎さんを互いに応援するという関係が生まれました。

そういった変化は、荻沢さんや秋庭さんがやってきた、いわゆる福祉的な方法による支援の中では見たことがないほど大きなものでした。一般的に、障害者の支援は法律に従い、ある形式に沿って進められます。まずは生活基盤を整えるため収入を得られるようにするのが先決で、夢について考えるのは生活が安定した後です。しかし、高崎さんの変化を見た荻沢さんは「こんな支援もありなんだな。違う方向から攻めると変わっていくんだ」と強く感じました。高崎さんをよく知る相談支援の関係者も「こんな支援モデルが有り得るのかと目から鱗だ」と、その変化に驚きました。経済的な自立を優先するだけが、支援ではなく、引きこもっていた人が社会に関わりたいと思えるような、より“生きるための根本的な自立”があるとラジオを聞いて思ったのです。

熱海ふれあい作業所が大切にしている給食の時間。

人との出会いが自信につながる

2017年9月の放送で高崎さんが語ったのは、楽しかった8月の思い出です。

——思い人がいます。付き合い始めてまだ間もないのですが、連絡ができる時間があるときは嬉しくて楽しくて、そんな日は1日楽しいです。いままで異性に憧れをいだいたことはあったけど、本気になったことはありませんでした。そんな私が今恋をしています。なんだか不思議だなと思っています。——

かつて「恋愛なんて興味ないし一人で生きていきます」と話していた高崎さんに思い人ができました。秋庭さんは、「本人は“ラジオは関係ない”と言うけど、ふれあい作業所に通うことや、ラジオでのいろんな人との出会いが自信につながり、少し成長した」のではないかと感じています。この日の放送で、高崎さんは人を好きになることの苦しさや、自分なんかでは迷惑ではないかという不安、それでも好きだという気持ちが入り乱れる経験を、とても率直に伝えていました。

11月になり、2017年度のブンプロ事業の採択が決まりました。「雨上がりの虹を、町に。」をタイトルに掲げ、2年目のあめにじがスタートしました。目的は次の3つ、

1.当事者によるひきこもりの若者支援(ぴあサポート)

ぴあサポートは、近年、精神保健福祉分野で注目されている、当事者による当事者支援である。支援のプロや身近な家族など、同じ障害を抱えていない他者からのアドバイスやメッセージは、当事者にとって素直に受け入れられないことも少なくない。一方で、自分と同じ障害を持つ人や同じ経験をした人の言葉は受け取りやすい。高崎さんの今の姿を発信することで、一歩を踏み出すきっかけを作りたい。

2.当たり前に人同士の関係がもてる地域づくりに向けた一般理解促進

精神障害は外見からは判断がしづらい。困っていることを理解してもらえなかったり、普段から接点がないと誤った理解や偏見を持たれたり、心身の調子を崩しやすく就労においても困難が多い。また、未だ障害のある家族を隠したいと考える人もゼロではなく、知る機会や出会う機会がない(なかった)から偏見が生まれるとすれば、それらの機会を生み出すことで理解を広げたい。

3.障害者の仕事の多様なあり方提示

ふれあい作業所では主に空き瓶の選別、アルミ缶の回収、土産物の内職作業を行っている。障害者施設での仕事は、一般的に単純労働や内職等の作業が多く、ラジオのパーソナリティのように複雑な仕事はかなり例外的である。障害のある人が単純労働しかできないのではなく、少しのサポートがあればより幅広い仕事ができるが、制度や仕事をつなぐ側がその範囲を狭めているという場合もある。ラジオは極端な例としても、人との接点やコミュニケーションの機会があれば、責任感や信頼感などが得られる。そういった仕事のあり方を提示したい。

こうして、2年目のブンプロ事業がスタートしましたが、ほどなくして、状況を大きく変える出来事が起こったのです。

ジャグリングや音楽など高崎さんは多趣味。このカジノダイスもその一つ。

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