雨上がりの虹を、町に。 ——「ふれあいラジオ 雨上がりの虹」がつないだもの(2/5)

  1. イントロダクション
  2. ふれあいの集い
  3. 公開収録
  4. 出会いと変化
  5. つながりの存在を発信する

 

(2)ふれあいの集い

ずっと音楽を聴いているちょっと怖そうな人

「ふれあいラジオ 雨上がりの虹」の放送がスタートする1年と少し前。2015年4月に荻沢洋子さんが熱海ふれあい作業所(以下、ふれあい作業所)の所長に就任しました。ふれあい作業所では、毎年、収入源の一つであるアルミ缶の収集に協力してくれた人を表彰する「ふれあいの集い」が行われていました。しかし、表彰されるべき人は善意で協力しているからと式典には参加しないことがほとんどで、荻沢さんは他の方法で感謝を表したいと考えていました。当時のふれあい作業所は改修前で工事現場のプレハブ事務所のようでした。地元の人でさえ福祉施設であることを知らず、「伊豆の七不思議」と言われるほどでした。そこで、招待客だけでなく、誰もが参加できる開かれたお祭りのような「ふれあいの集い」を企画しました。

その祭りの目玉企画となったのが、熱海在住の歌手、髙瀬一郎さん(日本コロムビア)のミニコンサートです。所長自ら出演交渉を行い、髙瀬さんにその思いが伝わって出演が実現しました(今では荻沢さんは髙瀬さんの熱狂的ファンです)。しかし、プロに歌ってもらうために必要な音響技術がなく、地元のコミュニティFM・エフエム熱海湯河原に助けを求めました。そこで出会ったのが番組ディレクターを務める金井周平さんです。金井さんは、新しい「ふれあいの集い」の宣伝も兼ねて、「ふれあい作業所を紹介する番組を一本作りましょう」と提案。取材のためにふれあい作業所を訪れ、いくつかのインタビューの収録を終えた金井さんは、イヤホンをしてじっと立っている高崎史嗣さんを見つけました。金井さんが感じた高崎さんの第一印象は「なんとなく声をかけづらい感じで、ちょっと怖そうな人」でした。

イヤホンとスタジオ見学

取材を終えた金井さんは、ずっと音楽を聴いている高崎さんに、「音楽好きなの?」と声をかけました。そして、高崎さんが使っているイヤホンが100円均一で買ったものだと聞き、少しでもいい音で音楽が聴けるように「スタジオにある使っていないイヤホンを今度持ってきてあげるよ」と伝えたのです。その時、高崎さんは本当に持って来てくれるのか半信半疑だったようですが、後日、金井さんはそのイヤホンをふれあい作業所に届けてくれました。

次に二人が言葉を交わしたのは、2015年12月に本番を迎えた「ふれあいの集い」でした。会場で音響を担当していた高崎さんが、熱心に取り組んでいる様子を見た金井さんは「今度スタジオに遊びに来てよ」と誘いました。高崎さんは、せっかく来てと言われたのに行かないというのは金井さんに失礼だと思いましたが、一人で行くのは不安もあり荻沢さんに「一緒にスタジオへ行って欲しい」と伝えました。荻沢さんは、それまで何かして欲しいと言うことがなかった高崎さんの願いを叶えるため、二人で社会見学としてFM熱海湯河原のスタジオを訪れることにしました。

せっかくだから放送しましょう

スタジオを見学するだけだと思っていた高崎さんと荻沢さんですが、金井さんは実際に機材に触れるよう高崎さんを促し、録音方法のレクチャーもし、ラジオ番組の収録まで体験することができました。高崎さんは、驚くほどの速さで機材を使いこなしました。2016年9月の放送でゲスト出演した金井さんはこの時のことを振り返り、

——スタジオに遊びに来てくれた高崎くんに、機材をいろいろ触ってもらったら、すごく僕よりも上達が早くて使いこなしているからこれは高崎くんと一緒に何かできるんじゃないかと思った——

と話しています。

その後、こんなにもできるなら試しに一本番組を作ってみよう、出来上がったからにはせっかくだから放送しようと、トントン拍子に話しが進みました。収録日が決まると、それまでの時間を使って高崎さんはスタジオで練習をしました。最初は二分もまともに話しができなかったそうですが、2016年7月の初めての放送を聞いてもそんな風には感じられません。もっとも苦労したのは原稿を書くことで、

——作文も苦手なので原稿を書き上げるまでにずいぶん時間がかかりました。自分の思ったことを言葉で形にするのは得意ではないのでずいぶん苦労しました。(中略)昔ラジオをよく聞いていたのですが、まさか自分がパーソナリティをやるとは思ってもいませんでした。——

と番組内で語っています。

こうして、高崎さんはラジオパーソナリティデビューを果たしました。

高崎さん(左)は金井さん(右)が驚くほどスムーズに機材を使いこなした。

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